核をめぐる科学文化

原爆調査とがん研究―折り鶴に隠された逸話

テキサス医療センターにある、世界でトップクラスのがん研究の拠点となっているMDアンダーソンがんセンター(MD Anderson Cancer Center)を訪れました。

このセンターの一角には、地下に設置されたシンクロトロンによってつくりだされた陽子線を用いた治療を行っている陽子線治療センターがあります。放射線への感受性の強い子どものがん治療のために建てられたものです(陽子線は放射線を病巣に集中できるという特性を持っています)。

陽子線治療センターの1階には、広島で白血病で亡くなった佐々木禎子さんの折り鶴のモニュメントが飾られています。何故アメリカのヒューストンにあるこのセンターに、禎子さんの折り鶴が飾られているのでしょうか。そこには広島とヒューストンの数奇な関係がありました。

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MDアンダーソンがんセンターで働いている、医学博士の小牧律子先生に話をうかがいました。小牧先生は、原爆投下時には父親の仕事の関係で尼崎に住んでおり、被爆を免れました。4歳の時に広島に引っ越し、幟町小学校に進みます。この小学校の同級生にいたのが禎子さんでした。明るく運動神経のよかった禎子さんが白血病に倒れたことは、同級生たちに大きな衝撃を与えました。禎子さんが闘病生活の後に亡くなると、同級生の小牧先生たちは募金を募り、禎子さんの映画を作り、像を立てました。禎子さんは原爆で亡くなった子どものシンボルとなりました。

小牧先生はその後、広島大学医学部に進学しインターンとして広島のABCC(Atomic Bomb Casualty Commission)で働くようになります。この時、ABCCに対して地元でネガティブなイメージはあったものの、小牧先生はねずみではなく人間を扱ったABCCのデータは価値のあるものだと考えており、ABCCの先生たちの一生懸命な姿に感心しました。さらにアメリカに渡って研究を続け、MDアンダーソンがんセンターで働くことになります。

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小牧先生を医学研究の道へと向かわせたきっかけとなったのは、禎子さんの死でした。なぜ原爆を受けても放射線障害を発症する人とそうでない人がいるのか、そのメカニズムを解明したいと思ったそうです。そして陽子線治療センターができた時、禎子さんへの追悼を込めて折り鶴のモニュメントを作成したのです。

Peopleという雑誌の2005年8月29日号には、小牧先生を特集した記事「恐怖から希望へ(From Horror to Hope)」が掲載されており、「広島で亡くなった子どものころの友人を追悼し、小牧律子は放射線の力を命を救うために用いる」と記されています。

小牧先生のインタビュー記録をテキサス医療センターのデジタルライブラリーで読むことができます(英語、pdf)。

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実は、広島からヒューストンのMDアンダーソンがんセンターに来たのは小牧先生だけではありません。両組織の間には強いパイプがありました。ABCCで遺伝研究を行っていたウィリアム・シャル博士が興味深い逸話を聞かせてくれました。

MDアンダーソンがんセンターは、1950年代からABCCで働いていた医師たちを次々と招きました。1954年、ABCC2代目所長を務めていたグラント・テイラーは、がんセンターの前身であるMDAH(MD Anderson Hospital and Tumor Institute)の小児科部門の初代チーフに就任します。ワタル・ストウやマーガレット・サリバンら、ABCCで働いていた小児科医たちもテイラーの後に続きます。さらには、ABCC初代所長で病理学者のカール・テスマーやABCC6代目所長で寄生虫学者のフランク・コーネルなど、多くのABCC関係者が、ヒューストンへと渡りました。ヒューストンと広島の間にはがん研究をめぐるつながりができ、ヒューストンから広島へと渡った医師も多くいました。

MDアンダーソンがんセンターは、原爆被爆者の調査を、がん治療の研究に活かそうとしたのでした。被爆者のデータは、がん研究ネットワークに取り入れられたといえるでしょう。このつながりをどのように見るかは難しいところです。

原爆被害の負の歴史を、医学の進歩に貢献することによってポジティブに転換させようとするMDアンダーソンがんセンター。折り鶴はその願いの象徴のようでもありました。

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(写真は小牧先生のオフィスに置かれた折り鶴)

広島とヒューストンの関係について教えてくれたフィリップ・モンゴメリー氏(テキサス医療センター図書館アーキビスト)、小牧律子博士、ウィリアム・シャル博士に感謝します。ブログ記事執筆にあたっては、ウィリアム・シャル博士がライス大学で行った講演“Houston and Hiroshima: An Atomic Tale?”を参照させていただきました。

原爆調査とがん研究―折り鶴に隠された逸話」への1件のコメント

  1. Ritsuko Komaki
    2015年2月3日

    Excellent ! Ritsuko

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投稿日: 2015年2月3日 投稿者: タグ:

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